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インタビュー『cinra UV vol.2』

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関田:(饅頭のチョロQで遊びながら)持ってきていただいたこのお菓子のシリーズなんですけど、作品の材料は?

主に発泡スチロールと紙粘土です。大きめの作品も全部発泡スチロールで、けっこう独特の技法を使っているんです。

柏木:よく見ると小豆なんか一粒一粒、色も大きさも違ってますね。

一粒一粒、色を塗ってくっつけていくんです。紙粘土を丸めて形を作って、色を塗って、メディウムでツヤを出して。

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このお菓子の作品って、現在のような素材になったのも実は自分がデザイン科だから、というのがあるんですね。デザイン科のアトリエってやっぱりそんなに大きな作品を作ることを想定して出来ていないから、結構狭いんです。だから限られたスペースでも加工しやすく、かつ金のない学生でも自由にできる素材を、となるとこのようになってきたんです。
だから作品にはあんまりお金かかってないんですよ。このマスク一個でも材料費だけならだいたい5000円くらいのものじゃないかと思います。

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あと、僕の作品ってジャンルがよくわからないんですよ。確かに立体作品だけど彫刻かといわれると、そうでもないし、かといって工芸かといわれるとそれほど職人的じゃない。芸大って伝統があるだけに、色々と制作にも制限が出てきたりするんです。でもデザイン科だということで、そういう位置付けしにくい作品制作も許されているのかもしれないです。




中学から浪人時代にかけて

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関田:美術に興味を持った最初のきっかけは?

中学の美術の時間です。僕の中学校では選択授業があって、体育という選択肢もあったんだけど、なんとなく美術を選んだんです。週一回色鉛筆で絵を描いたりして、好きなものを描いていいというから、なぜか恐竜の絵を描いたりとか。
それまでそんなに誉められることがなかったんですけど、その時描いたものは誉められたんですね。子供って、誉められると嬉しいじゃないですか。だからそれでもっと誉められたくて、頑張って絵を描くようになった。
その経験がきっかけになって、高校は美術の専門コースに入ったんです。羽田高校(現在、つばさ総合高校)という美術、情報理数、英語などの専門分野に別れたコース制の高校でした。

関田:もう最初から美術コースということで?

ええ、そうですね。でも最初は美術大学とか予備校とかのことは全く考えていませんでした。よく知らなかったし。高校三年になると将来の事とかも考え始めるんですが、まわりはけっこう美術とは関係のないところに就職したり、専門学校に行ったりする人が多かったです。大学に行った人はクラスで三人くらいでした。

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で、僕も浪人しちゃうんです。芸大だけじゃなく、多摩美大、武蔵野美大、造形大と一通り受けましたけど全部ダメで。普通は美術大学受ける人って予備校に行くじゃないですか。だけどその時は予備校に全く行っていなかったので、そりゃ受かるわけがないんですよね。
でも予備校って各自の入りたい大学に応じて「この学科に入るならこの課題」という風に結構決まっちゃってるんです。才能を伸ばすというよりも、この大学に入るにはこれ、と言われてやりたくもない平面構成をやらなくちゃいけない。なんでリンゴとか魚とか石膏とかを描かねばならんのかと。正直反発はありました。

柏木:描いてるものがなんだかシュールですよね。

そうですね。最終的に芸大に入るまで4浪したんですけど、自分の好きなことをやりたいという欲求不満と、大学に入ったら自由にやれるんだという期待とで予備校時代は過ぎていきました。
予備校で毎日夕方5時くらいまで実技があって、その後は夜まで銀座や表参道などに現代美術のギャラリーを毎日のように観てまわっていました。自分自身の精神的なバランスを保つために。ほとんどは貸し画廊でしたが、コマーシャルギャラリーと呼ばれるものも当時既にいくつかあって、そういうギャラリーに出かけていっては過激な現代美術やパフォーマンスなどを観ていました。かなり異常な受験生だったと思いますよ。今までの人生の中で最も多くの展覧会に足を運んだ時期で、月に100件くらいの展覧会を観ていました。




浪人病を越えて

関田:大学に入ってからはどうだったんですか?

大学に入ったら好きな作品が作れると思っていたんですけど、それが大間違い。僕も病気でした。予備校の時は「これは大学に入って好きなことをするために必要なことなんだ」と割り切って実技をやっていたつもりだったんです。だけどいざ大学に入って課題に取り組むと、結局無意識のうちに教授に媚びを売るような作品を作ってしまう。
これは、ほとんどの学生がそうなんです。僕たちはよく「浪人病」と呼んでいるんですけどね。要するに浪人時代には大学に入るために教授に媚びを売るような作品を作るわけですが、その時の価値観が大学に入っても抜け切らないんです。自由に作ろうと思っていても、つい「講評で誉められたいなあ」「良い成績がほしいなあ」なんて考えてしまうんです。これは今、大学に入ってきたばかりの後輩の作品を見ていても、やっぱり感じますね。

関田:そういう自分の「病気」に気付き始めたのはいつぐらいなんですか?

デザイン科のクラスにいる人って大体「オシャレ」な人たちなんです。デザイナー志望の人たちですから。流行の最先端を追おうとするような。でもその中の数人はやっぱりそういう流れに馴染めない僕のようなひねくれ者がいて、そういう友人と話しているうちに、ちょっと危機感を持ち始めて。

関田:それは自分自身に対する危機感なのか? それとも美術全体に対する危機感なのか? どちらなんでしょう。

美術全体までは考えてなかったですけど、少なくとも「4浪もしてまで芸大に入ったのに、こんな作品(教授に媚びを売るような作品)を作っているうちらってヤバくない?」という感じでした。まあ大体が酒の席ですけど。そうなってくると、今度はいかに教授に嫌われる作品を作るかということを考えはじめるわけです。
だけど、単に反発的で奇抜なことをやればいいというわけではなくて、それなりに説得力のあるものを作らないと意味がない。最初はいきなりわけの分からないパフォーマンスをやってみたりしました。今考えると「で、何なの?」という気もしますが、そういう反発的な行為を通して、新しい表現を模索していたのかもしれません。




具象的なんだけど抽象的

関田:そういう中でこのお菓子のシリーズに辿り着いたのは、なぜだったんでしょう?

最初にお菓子のシリーズを試みたのは2002年で、大学2年の冬ぐらいでした。これは大学で出される課題とは関係なく作ったものです。デザイン科としての課題をこなしつつも、やはり自主的にテーマを決めたものを作らなくちゃと思って。その時にはもう自分はアーティストとして生きていくことを決めていたので。
最初の作品の形は「舌」です。で、表面の質感は「お菓子」なんです。

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僕はものを見る時に質感に反応するんです。美術作品に限らず、例えばこのカフェの壁でもそうですけど、「ごつごつ」していたり「ざらざら」していたりといった質感を見て「あ、なんかいいな」とか「気持いいな」と思うんです。
で、この時はすごくお菓子の質感が好きだったんです。それは造形的にすごく魅力的な質感でした。ケーキのスポンジの穴が開いて「ふわふわ」した感じの上に、ムースの「つるっ」とした感じとか、そういう菓子の質感を元に作品を作ろうと思ったんです。
で、この「舌」なんですけど、舌というのは味覚を感じるところですよね。じゃあその舌の表面を、実際の味覚の元であるお菓子の質感にして作ってみようと。そうした時に、果たしてこの造形というのは美味しそうに見えるのか、というのがコンセプトなんです。味覚と視覚の関係を問うという感じですね。

柏木:でも、この先の作品たちを象徴してますよね。
関田:確かに。ただ、こうして写真だけで見るとなかなかお菓子に見えづらいという部分もありますよね。

質感だけでお菓子を表現しようとしてたんです。その後、ケーキの作品を作るんですけど、これは彫刻に近い感覚で作ったんです。具象彫刻のモチーフがケーキであるという感覚で作りました。

関田:(写真を繰りながら)更にチーズケーキのようなものになってくると、どこか抽象彫刻のようにも見えてきます。

和菓子でもそうかもしれないですけど、特に洋菓子っていうのは、具象なんだけどすごく抽象的な形をしてますよね。ケーキは単純な箱状だったりとか、ポッキーも単純な棒だったりとか。表面のトッピングを取り払ってしまえばすごく抽象的でミニマルな形になってくるなと思ったんです。
だからこのケーキの作品を作っていたときは、僕は「すごく絵画的な彫刻だ」と感じていました。三次元の箱状の構造物の表面に絵を描いているという感覚です。彫刻のように「彫っている」という感じじゃなくて、抽象的な箱状のキャンパスに色をつけると具体的なケーキになってしまったということです。その概念が一番はっきり出ているのが、このドナルド・ジャッドをカステラに見立てた作品なんです。

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関田:僕、最初見た時この作品すごく面白いなと思っていて、好きなんですよ。

これはまさにドナルド・ジャッドというミニマリズムの巨匠の、もともとは金属の作品に色をつけるとカステラになるよ、というものです。立体と色の関係をもろに皮肉って作ったものです。リチャード・セラの作品をポッキーに見立てた作品も発想は同じです。

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和菓子と現代社会

関田:最初にこういう洋菓子の作品があって、それから和菓子にいったということですか?

もともと小さい頃から和菓子を食べるのが好きで、特にあんこ好きな男の子だったんですが、作品として和菓子に取り組んだきっかけは三年生の時の古美術研究旅行という研修なんです。奈良と京都で二週間くらい過ごすという、まあ修学旅行みたいなものですね。でもそれは研修だから、最後にその経験をもとに作品を制作しないといけない。その課題のテーマが「伝統とデザイン」で、もろに和菓子じゃん、と。
最初はそういう単純な発想で作り始めたんですが、作っていくうちに、なぜ和菓子をモチーフにしたら面白いのかということを客観的に分析するようになったんです。もちろん造形的・質感的なものの面白さが理由ではあるんですけど、それだけじゃなくて、伝統的で高尚なものに凄くキッチュなものをぶつけることで、ある意味で和菓子を皮肉っているんじゃないかと思ったんですね。お饅頭がチョロQで走っちゃったりとか。
それで、なぜ皮肉ると面白いのかということをまた分析し、日本人が昔から持っている和菓子のイメージというものを考えるようになったんです。和菓子は昔から神仏にお供えしたり、なにか幸せなことがあると持ち出したりする。七五三とか、ひな祭りとか。

関田:秋になると月見団子が出ますよね。

そうですね。それからお花見でもそうですよね。

関田:「花より団子」ってやつですね。

だから僕が和菓子作品でやりたいのは、現代社会の中で感じている幸せの形を作りたいということなんです。僕は都会に育って、渋谷なんかに出るとすごっく最先端の流行が溢れていますよね。でも一方では、東京にも伝統を守っている職人さんたちは沢山いる。そのごちゃ混ぜのバランスがなんとも言えない独特な状況だと思うんです。
僕が生きている時代の幸せの状況を考えた時、伝統的な和菓子と対極にある工業製品のような現代的なものを一緒にすることで、そういったごちゃ混ぜのバランス感覚が表現できるのではないかと思っているんです。自分が今この社会で生きている感覚を表現できればと思っていて、その時に一番近くにあって流用しやすいモチーフが和菓子だったのかなと。

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実は芸大出身で老舗の和菓子屋「とらや」に務めている人と知り合いになって、その人のつながリで和菓子業界の人に作品を見てもらうことになったんです。だけど最初は僕の作品を観るのが恐かったとか、不安だったようなんです。僕の作品がその人たちが考えていた和菓子のイメージとはあまりにも違うものだったから。
だけど僕は和菓子をバカにしている訳はないですから、最終的には納得してもらえました。ああ、そういう風に感じるんだなと思っていい経験になりました。やはり僕は菓子職人ではないので、あくまで造形物として和菓子の形体や質感にこだわっているのだと思います。




起源はAMの深夜ラジオ

関田:今後の作品でも「質感」にこだわっていくということなのでしょうか?

まあそれだけじゃないですけどね。特に最近こだわっているのは「笑い」の要素です。大爆笑じゃなくて、ちょっとこう「クスッ」「ふふふ」という感じのシニカルな笑いです。これとこれが組み合わさることで、こうなるのかという感じの面白さというか。
自分のこういう作品の「笑い」の性質がどこから来るのかということを少し改めて考えたんですよ。今回インタビューを受けるに当たって。

関田:ああ、ありがとうございます(笑)。

そしたら中学生の頃に聞いていたAMの深夜ラジオにどうも起源があるんじゃないかという結論が出たんですね。どうも突き詰めて考えていくとそこにつきあたるんです。中二の頃から聞き始めた深夜ラジオの価値観が今のアイデンティティーのすべてを決定してしまっているなと。
あの当時は電気グルーヴ(のオールナイトニッポン)と伊集院光(のOh!デカナイト)がAMの深夜ラジオ界のスターで、その時に彼らが持っていた価値観というのは、いい意味でいうと「斜めからものを見る視線」ということなんです。カッコつけている人のカッコ悪さを皮肉るような。とにかくひねくれてるものが好きなんです。「そこまでひねくれてるか、お前!」っていうものが。
カセットテープに録音して、テープが擦り切れるくらい何度も何度も、繰り返し聴いていました。

関田:そういう部分は、大学の中で教授たちにわざと嫌われようとするところにもつながってますよね。芸大って伝統的で厳しい反面、村上隆みたいなそれこそ思いっきりひねくれまくった人が出てきたりもしますし。かなりの少数派だとは思いますが。

だけど小数派である分、強いものがある。さっきも言ったように、奇抜なことをやる以上は世間を納得させないといけない。だから自分自身をいかにプレゼンテーションしていくかというところに非常に気を使うんです。デザイン科のようにデザイナーを育てようとしている環境の中では、むしろアートの人よりもプレゼンテーションが大事になってくると思います。
cinraとかその他の同じようなサイトを見ていても思うことなんですけど、ウェブに公開されている人たちの作品を見て、何かいいものはないかと思って探そうとしても、これだけ情報が溢れていたら探す気になれないですよ。だからそうした他の人たちの中に埋もれないためにも、自分の作品をいかに社会に対してプレゼンテーションしていくかということには本当に気を使います。

関田:今後の活動はどのようなものを考えてらっしゃるんですか?

12月に西麻布の「ル・ベイン」という水まわり用品を扱っているショールームで展覧会が予定されています。そこには内田繁さんと山田節子さんという有名なデザイナーが中心になってやっているデザイン系のギャラリーがあるんです。
以前縁あって山田さんにお会いしたことがあったんですが、その後に展覧会のお誘いをして頂いたんです。だからこの展覧会ではデザイナーさんとか工芸家の方に交じってなぜか僕の作品が。
デザイナーの方と一緒にやっているとアート業界の人と意見が全然違うんです。例えば和菓子を載せているお盆とか。以前、現代美術のギャラリー(オオタファインアーツ)で展示をしていた時はお盆のことなんて何も言われなかったのに、今回は「そのお盆が安っぽくて許せない」と指摘されました。アート業界の人とは見方が違うなと実感しました。
それから来年の2月に芸大の美術館で修了作品展をやります。これには巨大などら焼きが登場する予定です。大きいどら焼きから順番に小さいどら焼きへと重ねていって、最終的には約3m50cmの塔のようになる予定なんです。

関田:う〜ん、巨大ですね。

でも卒業制作も僕の作品は4m50cmを超えるケーキの塔で、作品が大き過ぎてデザイン科なのになぜか彫刻科の人たちの展示と一緒に並べられていました。

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いま今後のことも具体的に考えて動いているので、実はかなり忙しいんですけど、数年後にはもう興味の対象は和菓子じゃなくなっているかもしれない。ひょっとすると映像や音楽に表現が移っているかもしれない。作品を面白く展開できるなら、ジャンルにこだわらず色々な媒体とコラボレーションしていきたいですね。これで成功できるという確信があるわけじゃないし、常に模索しているからこそ新しい作品が生まれるんだと思います。

2006年10月31日、渋谷「cafe Miyama」にて。
 
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インタビュー『cinra UV vol.2』
2006年11月15日
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Interview "cinra UV vol.2"
November 15, 2006
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